土地の長者の邸に仕える小間使いの娘が、長者の跡取り息子に恋心を抱く。感情をおくびにも出さず彼女は暇を貰い、自らの身体を下町の下賤な妓楼に売り飛ばす。その金も貧民たちにばらまいてしまう。
客は阿片の臭いを漂わせる病的に痩せた男か、でなくば饐えた豚ばかりだ。器官のみ生きて人間が死んでいる。その欠落による嗜虐性を、いくらか抵抗することで満足させてやってから女は固く目を閉じる。どれほどの激しさも変態的な趣向もその密度のある睫毛をそよとも動かすことが出来ない。突上げられ突下げられながら、まぶたの裏の天井に女は長者の息子のしなやかな肉体の輪郭を思い描いている。
客が途切れると女は窓を開ける。灰色の家々の屋根が蝟集しててんでばらばらに漂流している。そのくすんだカオスの先、街を見おろす丘の上に長者の邸が霞んで見える。いつも無意識に小指をすこし折り曲げて女は丘の上を見詰めるのだった。
ある日の客が、珍しく上客だったが、それが長者の息子によく似ていた。
物陰で自分を選んだ客が行燈の光の下に顔を晒したとき、女は立ち竦んだ。それから、ここに来て同輩から学び覚えたかぎりの卑猥な面罵を荒くるう駱駝のごとく客に浴びせかけた。亡八が打擲しても収まるどころか逆に客に殴りかかった。三人がかりで女は仕置部屋にひきずって行かれ妓楼の主人は何度も頭を下げた。
結局客は割安で別の妓をとることになった。
制裁に女は左足の薬指を切断された。女は悲鳴も上げず、堂々と刑を受けた。
翌朝、その指は硝子の小瓶のなか度の強い酒に漬けられ先の客に渡された。詫びのしるしである。亡八たちがぺこぺこして見送るのを背に長者の息子に似た客は瓶を曙光にためつすがめつしながら朝の市のまばらな人影の中を浮遊していった。
楼上の窓から女はその背を見送った。窓枠に依りわし掴みにして脈動する足の痛みに耐えながらそれでも、朝日を浴びた女の顔は夜叉母の笑みを浮かべていた。客の姿が見えなくなると女は自分の頬を両手で二回叩き、それから鎧戸を閉め外の光を遮った。